おいっ!
おぎろっ!
おっはよー
あ、、
おは、、よ、、。
時計を見るとまだ朝の7時前
父に起こされる、て久しぶりです。
おれ、帰っがら!
はあ?
今から?
んだ。
朝の散歩は既に終わったようで、
また
おにぎりを食べていました。
私、ゆうべ、味噌汁作っておいたよ
飲む?
いや、いらね
コーヒーくいよ。
コーヒー好きの父の為に
コーヒーを入れてあげると
ただのインスタントのコーヒーを
美味しそうに飲んでくれました。
お父さん、ありがとね
また、きてね。
けーこもな。
がんばんだど。
うん。
俺ら、家なおすがら!
来年、小高に帰っがら!
おめーが海さ入りさ来だどき
泊まっどこねっか
困っぺ?
うん。
ぎゅーっと胸が苦しくなった。
ぎゅーっと
ぎゅーっと
苦しくなった。
そのまま玄関をでて
私は寝姿にジャンパー羽織ったぐらいで
バス停まで送りました。
いつものように
お別れの儀式みたいに
1分か2分ぐらい
手を繋いで
ありがとね、
と言いました。
あっとゆう間にバスがきて
父はバスの中から
ガラス越しに手を振ってくれた。
レオナルド、、
気いーつけてな。
実家のある南相馬市小高区には
まだ住めなくて
もう四年
借り上げ住宅に暮らす両親
実家は津波による被害はなかったものの
地震で瓦は落ち
かしいで
人が住んでいないことによって
相当傷んでいます。
以前、両親と話した時
家に戻るには
ずいぶんなお金をかけて
なおさないと
戻るのは難しい
自分達の年齢を考えた時
あと何年住めるか
わからない
そこにそれだけのお金をかけて
戻る意味があるのか
身体も弱ってきたし
もうこのまま
狭いけれど
借り上げ住宅に
借り上げ期間が終わっても
このままが良いのかもしれないと
話していました。
一抹の寂しさはあったけど
私は東京に住んでいる以上
両親の思いや決断に
なんやかんや言うつもりは
微塵もなかったです。
私の思いが負担になるのは
一番辛く
避けたいことでもあったので
私、関係ないしねー!
なんて
嫌な言い方もしておきました。
お父さん達の好きにして。
一番ラクなようにしてな。
と言いました。
2人の間でどんな話し合いが
どんな理由があったかわかりませんが
その一部分に
おめーが海さ入りさ来だどき
泊まっどこねっか
困っぺ?
彼らの決断の一部分に
私の存在が入りこんでしまったかと
思うと
申し訳なくて
申し訳なくて
お父さん、ごめん!
て一瞬思ったけど
すぐさま次の瞬間
父は
自己犠牲の考え方が
とても嫌いな人だということを
思い出しました。
なんかの為にイヤイヤすんならやめろ!
やるなら自分で
やりたくてやれ!
やりたくて、やれ!
何度となく言われた言葉を
信じるなら
彼らは
そうしたいんだ
私は
愛されているんだ
おめーが海さ入りさ来だどき、、
道を走って
橋を渡って
階段のぼれば
広がる
この海
その海は
橋も流されて
もう、無くなっちゃったじゃん!
仮置き場になったんじゃなかったっけ?
小高の海で
泳げる日が来るの?
ねえ、来るの?
お父さん!
教えて!
知ってて言ってんの?
ねえ!!
聞こえないはずの
バスの窓ガラスに向かって
叫んでしまいそうだった
父は
見えなくなるまで
ニコニコしながら
手を振っていた
来年の帰還に向け
家をなおすことにした父
私は
海へ続くなくなってしまった橋を
渡りに
見続けたいと思う
田舎にいたころ
いいことばかりじゃなかった
早く別な世界を見たかった
それでも
あの何もない
小さなへんぴな田舎町が大好きで
あの場所で
育ったことを
誇りに思っている
この誇りこそが
私たちの海だ。
おぎろっ!
おっはよー
あ、、
おは、、よ、、。
時計を見るとまだ朝の7時前
父に起こされる、て久しぶりです。
おれ、帰っがら!
はあ?
今から?
んだ。
朝の散歩は既に終わったようで、
また
おにぎりを食べていました。
私、ゆうべ、味噌汁作っておいたよ
飲む?
いや、いらね
コーヒーくいよ。
コーヒー好きの父の為に
コーヒーを入れてあげると
ただのインスタントのコーヒーを
美味しそうに飲んでくれました。
お父さん、ありがとね
また、きてね。
けーこもな。
がんばんだど。
うん。
俺ら、家なおすがら!
来年、小高に帰っがら!
おめーが海さ入りさ来だどき
泊まっどこねっか
困っぺ?
うん。
ぎゅーっと胸が苦しくなった。
ぎゅーっと
ぎゅーっと
苦しくなった。
そのまま玄関をでて
私は寝姿にジャンパー羽織ったぐらいで
バス停まで送りました。
いつものように
お別れの儀式みたいに
1分か2分ぐらい
手を繋いで
ありがとね、
と言いました。
あっとゆう間にバスがきて
父はバスの中から
ガラス越しに手を振ってくれた。
レオナルド、、
気いーつけてな。
実家のある南相馬市小高区には
まだ住めなくて
もう四年
借り上げ住宅に暮らす両親
実家は津波による被害はなかったものの
地震で瓦は落ち
かしいで
人が住んでいないことによって
相当傷んでいます。
以前、両親と話した時
家に戻るには
ずいぶんなお金をかけて
なおさないと
戻るのは難しい
自分達の年齢を考えた時
あと何年住めるか
わからない
そこにそれだけのお金をかけて
戻る意味があるのか
身体も弱ってきたし
もうこのまま
狭いけれど
借り上げ住宅に
借り上げ期間が終わっても
このままが良いのかもしれないと
話していました。
一抹の寂しさはあったけど
私は東京に住んでいる以上
両親の思いや決断に
なんやかんや言うつもりは
微塵もなかったです。
私の思いが負担になるのは
一番辛く
避けたいことでもあったので
私、関係ないしねー!
なんて
嫌な言い方もしておきました。
お父さん達の好きにして。
一番ラクなようにしてな。
と言いました。
2人の間でどんな話し合いが
どんな理由があったかわかりませんが
その一部分に
おめーが海さ入りさ来だどき
泊まっどこねっか
困っぺ?
彼らの決断の一部分に
私の存在が入りこんでしまったかと
思うと
申し訳なくて
申し訳なくて
お父さん、ごめん!
て一瞬思ったけど
すぐさま次の瞬間
父は
自己犠牲の考え方が
とても嫌いな人だということを
思い出しました。
なんかの為にイヤイヤすんならやめろ!
やるなら自分で
やりたくてやれ!
やりたくて、やれ!
何度となく言われた言葉を
信じるなら
彼らは
そうしたいんだ
私は
愛されているんだ
おめーが海さ入りさ来だどき、、
道を走って
橋を渡って
階段のぼれば
広がる
この海
その海は
橋も流されて
もう、無くなっちゃったじゃん!
仮置き場になったんじゃなかったっけ?
小高の海で
泳げる日が来るの?
ねえ、来るの?
お父さん!
教えて!
知ってて言ってんの?
ねえ!!
聞こえないはずの
バスの窓ガラスに向かって
叫んでしまいそうだった
父は
見えなくなるまで
ニコニコしながら
手を振っていた
来年の帰還に向け
家をなおすことにした父
私は
海へ続くなくなってしまった橋を
渡りに
見続けたいと思う
田舎にいたころ
いいことばかりじゃなかった
早く別な世界を見たかった
それでも
あの何もない
小さなへんぴな田舎町が大好きで
あの場所で
育ったことを
誇りに思っている
この誇りこそが
私たちの海だ。
keiko
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