無くなった海。

大好きな、大好きな海。

小高の海



子どもの頃から
何かあるたびに自転車で海に行っては

砂浜に体育座り。




ずっと波を見ていた。




小高の海は
私にとって特別な場所だった。




震災後
小高に入りたくても
20キロ圏内で入れなかった。



入れるようになった時


真っ先に海に行った。


塚原から
海の匂いが強くなると
気持ちがはやって
絶対、小走りになった
道から橋を渡る
川から海へながれる水

その川を渡る橋

橋をわたると海の家があって
その先に
長い階段がある
階段を登りきると目の前に
さーっと


海が広がる



大好きだった



その景色が
大切でたまらなかった。







私がつくった歌


『 笑顔の道 』



その中には




道を走って
橋を渡って
階段上れば
広がる
この海



というくだりがある

紛れもない
塚原の
この小高の海の景色だ





震災後真っ先に海にきたとき
橋は流されて
橋桁しか残ってなくて

私の原風景の小高の海を
残しておきたくて
かいた



いつか橋桁の上に
また橋がかかって
渡れるといいな




もしかしたら
橋の工事すすんだかな?



そう思って


緊張して
近づいたら



橋桁も
海水浴場も


全部無くなっていた






無いんだよ
海が





除染の為に削った土の
仮置場になってた





何時間も座り
波を見ながら
悩んだり
泣いたり
思い出し笑いしたり



私の原風景は
歌の中だけになってしまった





どこにも無くなっちゃった。





原発が悪い?
いや、その仕組みに疑問を感じるんだ


原発よりも効率よく安全な
代替案のシステムに
一斉にシフトチェンジする日まで
それをつくるためにも
電気は必要なはず



原発反対!
と言っただけで
明日シフトチェンジできるなら
いくらでも言う



でもそれは
ちょっと違う気がするんだ




私は今日もiPhoneを使う
アンプに繋いで音をだす
夜も起きてる
部屋の電気つければ明るい部屋になるから




福島県の電気は
全て東北電力だ



東京電力は
関東の電気になる


それでも
仮置場を東京につくっちゃダメなの?




それは、なんで?








1人になって
声を殺して泣いた

泣くな!
泣くな!


もう1人の自分の声がした


だって

仮置場に土が増えたってことは
それだけ除染がすすんだって
ことじゃないか




喜ぶんだ




これが



復興なんだ





私ひとりの感情なんて
大義のもとには
どうだっていい





大好きな砂浜に最後に座ったのは
いつだろう





もう思い出せない






それだけ。





たったそれだけのことを






思い出せないでいる。

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keiko