97年の人生、1

しばらく体調崩したりして

ブログ書くのも久しぶりだな。

書き遺しておきたいことは
毎日毎日押し寄せるけど

なかなか頭の整理がつかない日々。

ばあちゃんが死にました。

別に、ばあちゃん子でもなかったし
特別に大好き!
というのとも少し違ってた

存在が当たり前過ぎて

当たり前が、当たり前じゃなくなると

私の当たり前の日常は
どこへ行ってしまったんだろう

大切な人を失ったあと
毎回思うことがあります。

私の世界から
誰かが消えたのではなく

あなたがいる世界から
あなたがいない世界へ
勝手に私がシフトチェンジしてしまったような
気になるのです。

ああ

あなたがいた世界
あの時代は
終わったんだな、、、

そんな不思議な感情に支配され

何も手につなかくなるような動揺は無い代わりに
何をしても味気ない
そんな日常をしばらく味わう羽目に
なるのです。

ばあちゃんは
ワガママな
気の強い女として

一族のトップに
いつまでも君臨し

絶体絶命
もうダメだろ、、、

からのーーーー

復活!!


何度もやり遂げたひとなので

今回も
また復活すんだろ?
親戚はみんなそう思っていたみたい

人って
本当に死ぬんだな

夜8時には寝ている母から
珍しく遅い時間に着信が何度も

リハでスタジオに籠もっているから
着信には全く気付きませんでした。

スタジオの休憩時間に
なんかあったな、、、
母に電話すると

ばあちゃんが亡くなったよ

なんで?!
なんで、少し前に
教えてくれなかったの?
なんで!!
なんで!?

口をついて出た私の言葉が
母を苦しめたと知り

後から必死に
謝りました。

そのぐらい、みんな
ばあちゃんはまた復活すると思っていた。

しかし、、、
なんちゅータイミング

ばあちゃん

私、このあと
どうやってリハやれば
いいんだよ?

おい!
ばあちゃん

また
すっとぼけんのかよっ!?

ずいぶん前に
脊椎を痛めて
ずっと車椅子で暮らしていたばあちゃん

南相馬市で
ロッコクソングの時

車椅子で、
私のステージも見にきてくれた

仮設住宅から
車椅子で

従兄弟のヒロミチくんが

ばあちゃん、けいこちゃんのライブ見たいって
言うがらよー
て、

笑いながら
車に乗せて
車椅子おして連れてきてくれた

私のステージを見にきてくれた

ステージ上から
ばあちゃんを見つけた時の
嗚咽したい気持ちが蘇る

ステージ終了後
楽屋から客席のばあちゃんのところへ走ると

私の手を握り

けいこちゃんは
私の孫だよー
と言った

私の孫

ただの事実

その、ただの事実を表す一言が
どんな褒め言葉よりも
心に突き刺さった

ばあちゃんの孫であることが
こんなにも嬉しいものであることを
初めて知った

最初に避難した冷たい体育館でも

けいこちゃんの音楽の話
体育館でも聞いてんだよー
て電話で言ってたな

じゃあ

私、スタジオ戻んねっがな!

ばあちゃん喜ばすこと出来たの
私、これだけだったな!

ステージ終わると
ティッシュに包んだ小遣いくれたな

ティッシュに包まれたギャラは
これが最初で最後だろうな

ばあちゃん
スタジオ戻るから

急いでそばに行くから
ちょぴっと待っててな

けいこちゃんは

私の孫だよー

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keiko